「しりとり」



 * 三つ巴合戦 *

 私の姉は、出版社に勤めている。小学生向けの学習雑誌を作っている会社で、姉は科学読み物のコーナーと、四コママンガを担当している。
 姉はもともと、学生時代から漫画家になりたいのだと常々言っていた。だから、今の仕事内容から考えると、彼女の夢はホールケーキでいえば一ピース分くらい、つまり全体の十二分の一ほどは叶ったと言ってもいいのかもしれない。
 姉の描く四コママンガは、現代日本に迷いこんだ十八世紀フランスのお姫様「マユリーヌ」が巻き起こす騒動をネタにしたもので、妹の私が言うのもなんだけれど、結構面白い。ぴりっと毒気が効いていて、小学生向け雑誌掲載とはいえ、大人でも充分楽しめる。子どもたちにはさほど人気が無いようだが、出版社内には根強い愛読者が多く、むしろ彼ら同僚のために連載が続いているようなものらしい。姉も、メインの仕事である科学記事よりも、埋め草的な扱いに過ぎない四コママンガ描きの方にやりがいを感じているようだ。ちなみに、主人公の「マユリーヌ」とは、妹である私の名前「真由」から採ったものらしい。姉のマンガは好きだけれど、そこだけがちょっと恥ずかしい。

 日曜日のお昼過ぎ、やっと目を覚まして階下へ降りていくと、私とは滅多に休みの合わない姉が、珍しく家に居た。おはようと声を掛けても生返事をするばかりで、ダイニングテーブルの前に座り、なにやら考え込んでいる。マンガのオチでも決まらないのかと欠伸しながら覗き込んでみると、テーブルの上に広げられた大学ノートには、こんな文章が書かれていた。

“「しりとり」と「ちりとり」と「ねずみとり」が、じゃんけんをしました。さて、勝ったのはだれでしょう?”

「お姉ちゃん、なに、これ」
 んー、と唸りつつ、姉は私の顔を見上げた。目の下にうっすら隈が見える。かなりお疲れのようだ。
「なぞなぞ、よ。クイズ担当の人がね、カゼで四十度の熱出して寝込んじゃってさ。復帰するのを待ってたら発売日に間に合わなくなっちゃうし、かといって一回休みってわけにもいかないし。このコーナー、けっこう固定読者が多いのよね。だから、急遽あたしにお鉢が回ってきたわけ。でも、ねえ」
 難しいのよう、と溜息と一緒に吐き出して、姉は思い切り伸びをした。
「ねえ、真由。あんたはどれが勝つと思う? しりとりと、ちりとりと、ねずみとり」
 勝つと思う? って、答えも決めずに問題文だけ作ったんですか、お姉様。
「だってさあ、あたし、なぞなぞなんて考えたことないんだもん。どうやって作ったらいいのかなんてさっぱり分かんないのよお。ね、真由。困ってるお姉ちゃんを助けて!」
 そうは言われても、すぐに名案が浮かぼうはずもない。けれど、期待を込めて見つめる姉の視線が忍びなくて、とりあえず適当に答えてみた。
「直接じゃんけんさせてみたら? それが一番早いんじゃない?」
 冗談である、もちろん。なのに、姉は急に生き生きと目を輝かせ、私の手を取ってぶんぶんと振った。
「ありがとう真由! さすがにあたしの妹だわ。さて、そうと決まったら、早速取材に行って来る!」
 言うなり、勢い良く立ち上がり、玄関の方へ走って行く。
「ちょ、ちょっと待ってよお姉ちゃん! どこ行く気よ?」
 慌てて追いかけると、姉は靴を履きながら、元気良く言い放った。
「金物屋さんよ。うちにちりとりはあるけど、ねずみとりはないんだもの。今月はお財布がピンチなんだけど、大丈夫、経費で落とすわ。じゃあ、行ってきます!」
 そういう問題だろうか。それに、「しりとり」はどうするつもりなんだろう。

 でも私は、そんな姉が大好きだ。



りんごあめ→                           創作品へ  入り口へ