「ワタゲノヒトビト」



* 余・ワタゲノハル、フタタビ *

 毛布の上に丸くなってうとうとしていた僕は、誰かの呼ぶ声にうっすらと目を開けて辺りを見回した。ベランダから取り入れたばかりの毛布は、お日様の匂いがして、とても気持ちがいい。誰かの声はまだ続いている。それが、僕の名前だと気付くまでに、少し時間がかかった。新しい僕の名前。気に入ってはいるのだけれど、なんだかまだ少し慣れない。ぱたぱたと小走りするスリッパの足音が近づいてきて、やがて僕のすぐ側で止まった。
「なんだ、こんなところにいたんだ。お昼寝中だった?」
 言いつつ、ブレザー姿の女の子が僕を抱き上げる。学校から帰ってきたばかりなのか、肩から下げていた鞄を傍らのソファに投げ出すと、彼女は首に巻いていた縞々のマフラーを解いて、僕にくるくると巻きつけた。
「ね、いい天気だから、ちょっと外に出てみようよ」

   彼女の言う通り、外は眩いばかりの上天気だった。ちょっと風が冷たいけれど、お日様が景気よく照っているので、さほど寒さは感じない。
「今日は、あったかいねえ」
 僕の頭に頬擦りしながら、彼女は言う。細いおさげの先っぽが、少しくすぐったい。
「春が来たみたいだねえ。……そうだ、あのね。こういう、冬なのにあったかい日のことをね」
 僕を目と目が合う位置まで抱き上げて、彼女は悪戯っぽく笑う。
「小春日和、っていうんだよ」
 コハルビヨリ。その言葉に、僕ははっとした。別れ際の、なぞなぞのような日和の台詞が蘇る。そうか、そうだったのか。冬には、また会える。それは、こういうことだったんだ。まだまだ季節は冬なのに、一足早くやってくる束の間の春。それはまるで、どんな時にもひまわりみたいに明るかった日和の笑顔みたいだと思った。

 うん、そうだね。僕はもう、それほど冬が嫌いじゃなくなったみたいだよ。心の中で呟いて、空を見上げると、ちょっといびつな三角形の雲が浮かんでいた。いつかのおにぎりみたいな形だな。そう思うと、なんだか可笑しくなって、そして、なぜだか泣きたくなった。

【THE END】



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