「ツイン・タワーに鐘は鳴る」 ![]() ![]() ![]() ![]() ところで、君はツイン・タワーを知ってるかい? 当然だよね。赤ん坊からお年よりまで、知らない人はいないというぐらい、有名な建造物なんだから。……なんだ、知らないの? それじゃあ、これから簡単に説明してあげる。この塔の存在を、できるだけ多くの人に知らしめるのも、僕ら―僕と双子の妹のファル―の仕事のひとつだから。 荘厳華麗、奇想天外、奇々怪々。ツイン・タワーを形容する言葉は、人によって様々だ。僕としては、そこに「難攻不落」っていう一言も付け加えたいところだけれど、まあこれについては後から妹に説明してもらおう。ツイン・タワーは、その名の通りの双塔だ。そのてっぺんは、例え天気が良くても、雲に隠れて見ることができない。塔の外壁は、全国各地から集められてきた色とりどりの宝石や貝殻で飾られている。右側の塔は白と黒を基調とした市松模様、左側の塔は赤青緑といった原色で構成された幾何学模様。まあ、いかにも金持ちが財産にものを言わせて造ったものらしく趣味がいいとはお世辞には言えないけれど、豪華なことは確かだ。しかし、それも昔の話。外壁にはめ込まれた宝石は、長い年月の間にことごとくはがし取られて持ち去られてしまい、今では灰色の殺風景な礎石が残っているだけだ。でもさ、正直な話、僕は今のほうがよっぽど見栄えがすると思うんだけどね。 さてと。兄さんのおしゃべりが一段落ついたところで、私たちの仕事について、お話しようかしら。私たち―私と双子の兄さんのジェイク―は、ツイン・タワーの護り人なのだ。あまり大きな声では言えないのだけれど、この塔の最上部には、頭竜が所有していたという宝物が眠っている。私たちも実物を見たことはないのだけれど、それはとてつもなく貴重な品物らしい。なにせ、あの頭竜から塔の持ち主がかっぱらってきたものなのだ。 頭竜というのは、この塔の立つ丘の彼方、三つの山と二つの湖を越えたところに住むという、巨大な頭だけの竜だ。その視線には毒があり、見つめられた者は生きては帰れないという。そんな恐ろしい怪物から、金持ちの道楽者がどうやって宝を奪い去ることができたのか。それは、ツイン・タワーにまつわる最も大きな謎であるとも言われる。 その大切な宝物を守るため、塔の内部は複雑な迷路状になっている。おまけに、二つの塔は入り組んだ空中回廊で繋がれていて、一歩間違えれば遥か下の地面へ真っ逆さま、ということにもなりかねない。誰もが知っているツイン・タワーは、安易に人を寄せ付けないという裏腹の顔を持っているのだ。そして、ここで私たち護り人の登場、と相成るわけ。迷宮の奥に潜む宝を求め、この塔にやってくる冒険者たちは後を立たない。彼らを安全に宝物のもとまで案内するのが、私たちの仕事なのだ。 え? 矛盾してるじゃないかって?そうね。一見そう思えるけれど、実はそうじゃない。塔の持ち主は、こんな遺言を残している。もしも、この塔の秘密を解き明かすことができたならば、その者にこの塔の宝を授けよう、と。私たちは、その遺言を実行する手助けをしているのだ。 ……あら、また新しいお客様がやって来たようだわ。今度は、どんな人かしら? 「あんたたちがツイン・タワーの疫病神?」 僕らを見るなり、その新しいお客はそんな台詞を吐いた。腕組みをして、僕とファルとを爪先から頭の先までじっくりと観察する。 「……ふん。見たところ、どこぞ裕福なお家のお嬢ちゃんとお坊ちゃんって感じだけど?」 今回のお客は、真っ赤な髪をした女性だった。背中に僕らの背丈ほどもある長剣を担ぎ、髪と同じ色の口紅で彩られた口元に、煙草をくわえている。極端に短い革のパンツも、ぴったりとしたジャケットも、同じく真っ赤だ。足元には、膝上まで届く編み上げのブーツ。 「まさか、こんなお子様だとは思わなかったわね。ま、いいわ。で、あんたたちが案内してくれるってわけなの? だったら早いとこお願いできるかしら。そうそう、言い忘れてたわ。あたしはメルギス。あんたたちの名前は?」 「僕はジェイク。で、こっちが……」 「ファルよ」 「そ。じゃ、ジェイクにファル。よろしく頼むわね」 差し出された手を、僕らは交互に握り返した。力強い握手だった。 壁に隠された燭台に、ひとつひとつ明りを灯しながら薄暗い通路を進む。この燭台は、もちろん明り取りの意味もあるけれど、正しい通路を進むための目印でもある。この塔の中には、全部で七十七の燭台が備え付けてあって、その場所を全て知っているのは、私と兄さんだけなのだ。 「ねえ、ジェイク」 私は、一歩先を進む兄さんに声をかけた。石造りの壁に、ひそめた声が反響する。 「あの人、見込みありそうだと思う?」 「そうだなあ……。今までの中じゃあ、一番年上っぽいからね。年の功で何とかなるかもしれないよ」 「あら、格好はずいぶんと若いけど?」 「若作り、ってやつだよ。ほら、よく見てごらんよ。目元に人生経験豊富そうな小皺が……」 「ちょっと、あんたたち!」 轟くような怒鳴り声に、私たちはちょっと肩をすくめた。メルギスは、腰に両手を当て、仁王立ちになってこちらを睨みつけている。 「あら、聞こえたかしら?」 「しっかり聞こえてるわよ! ……ったく好き勝手なこと言って。いい? あたしはねえ、年の功なんて言われるような年じゃないわよ!」 それに、と彼女はすっと目を細めた。 「なんであたしが一番前を歩かなきゃいけないのよ。普通、案内人のあんたたちが先導するのが筋ってもんじゃないの?」 「だって、この塔の中では何が起こるか分からないもの」 「……だからお客を先に進ませるってわけ?」 「案内人が怪我でもしたら大変でしょ。正しい道を知ってるのは、私たちだけなんだから」 「……あんたたちねえ!」 メルギスが更に言い募ろうとした、その時だった。闇に溶けた通路の奥の方から、塔全体を揺るがすようなうなり声が響いてきたのだ。 グォオオオオ。ウゴォオオオオオ。うなり声は、だんだんとこちらに近づいてくるようだった。おまけに、ピタッ、ペタッという、奇妙な音も一緒にやって来る。 「どうやら、お出迎えに来てくれたようね」 メルギスはそう言うと、背中の長剣をすらりと引き抜いた。音の聞えてくる方を見据える横顔は、厳しく引き締まっている。ファルが、僕の腕にきゅっとしがみついた。僕は、彼女の手の甲を優しく叩いた。 「大丈夫だよ、ファル。あのおばさんが何とかしてくれるから」 メルギスの頬がぴくりと引きつったように見えたが、僕は気にせず言葉を続けた。 「いざとなったら僕らだけでも逃げればいいんだよ。なにも、僕らまで一緒にモンスターの餌食になる義理は無いんだからね。それに……」 「……来るわよ!」 鋭い一言に、僕は口をつぐんだ。メルギスは、廊下の奥に長剣の切っ先を向ける。重心を低くし、身構える。うなり声は、もうすぐ側まで近寄ってきていた。ペタペタした音もそれに続く。そして、暗闇の中から、それは姿を現した。 「な……によ、あれは……」 メルギスが呆気に取られたような声で呟いた。蝋燭の明りに照らし出されたそれは、なんとも不可思議な格好をしていた。ピンク色の皮膚、柔らかそうな白いおなか、短い手足。威嚇するようにこちらを睨みつけるとろんとした大きな目は、長い睫毛に縁取られている。ウガァアアア、とうなり声をあげると、申し訳程度の小さな牙がのぞいた。短い足をひょこひょこ動かしながら、ペタンペタンと近づいて来るその姿は、愛敬があって……。 「……可愛い」 ファルが、ぽつんと呟いた。 「あんまり強そうじゃないわね、どう見ても」 長剣を降ろしたメルギスも続ける。 「グガァアアアアアア!」 ふたりの言葉に、そいつは怒ったように大きく吠えた。馬鹿にされたと思ったらしい。それなりに鋭い爪の生えた手を振りかざし、僕たちに向かってくる。メルギスは、そいつの攻撃を難なくかわし、ついでにほわほわしたおなかにひとつ蹴りを喰らわせた。そいつは、呆気なくバランスを崩して倒れた。 「……相手にするまでもなさそうね。放っといて進むわよ」 僕らの背後をかばうようにしながら、メルギスはそいつの隣を通り抜けた。 塔内部の構造は、大まかに言ってしまえば二重螺旋状になっている。その二本の道筋が、ところどころで交差し、上へと続いているのだ。そして、塔の最上部、下からは雲に隠れて見えない部分で、ふたつの塔を登りつめた四本の道は合流する。塔を飛び出した道は四つの階段となり、頂上の丸屋根を持った空中庭園へと至る。そう、見上げる人々の遥か頭上、雲を突き抜けた場所で、二本の塔はひとつになるのだ。 「ねえ、行き止まりなんだけど」 メルギスが、首だけを後ろに向けて言った。私たちは顔を見合わせた。 「突き当たりの壁に、何か書いてない? 文字とか、記号とか」 「そうねえ……。あ、確かに何か刻み込んであるわ。紋章……みたいね。……って、なんで後ずさってんのよ、あんたたち」 「僕たちが今いるのは、ツイン・タワーの一番上なんだ。ここから先には空中階段があるんだけど……」 兄さんが私に合図をして、素早く呪文を唱え出した。この塔の護り人になる前、父さんが教えてくれた呪文。私も同じ呪文を紡ぐ。私たちはお互いの指を組み合わせ、仕上げの言葉を放つ。パァッと暖かい光が私たちの指の間からほとばしった。その光は私たちふたりを包み込み、球状の壁を作り出す。 「ちょっと! なにしてんのよ!」 「罠がしかけてあるのよ。その、行き止まりに見えるのは、壁じゃなくてドアなの」 「文字が表面に刻んであれば、正解。紋章が刻んであれば……」 兄さんが言い終わるよりも一瞬早く、石壁が内側から倒れた。 「表面の模様をなぞった瞬間に、罠が作動するようになってるんだ」 ビュオォォォ、と凄まじい突風が吹き付けてくる。どうやら、近年稀に見る大当たりのようだ。 「気をつけてね。たぶん、モンスターが山ほど出てくるから」 「ちょ……、待ちなさいよ! そういうことは、もっと早く言いな!」 「じゃ、後は頼むわね、おばさん」 「自分たちだけ守られてんじゃないわよ! あたしは客なのよ? 客を安全に目的地まで送り届けるのがあんたたちの仕事でしょうが!」 「でも、僕らの張れる障壁は、ふたり用なんだ。入れてあげたくてもできないよ」 「それに、モンスターと戦うのは、おばさんのお仕事でしょ? 良かったじゃない、その剣が無駄にならなくて」 「ふざけんじゃないわよ! 黙って聞いてりゃぬけぬけと……」 「おばさん、後ろ!」 ヒュン、と小気味よい音とともに、メルギスの背後に迫っていた目玉に羽が生えたモンスターが真中でふたつに割れた。 「だ・れ・が、おばさんよ! いい? 今度あたしをおばさんて呼んだら、あんたたちを真っ二つにしてやるからね!」 その迫力に、私たちは黙って何度も首を縦に振った。 「……全く、もう」 げんなりした様子で、メルギスが呟いた。僕たちの周りには、メルギスが切り捨てたモンスターの残骸が散らばっている。辺りには、なぜか甘ったるい香りが漂っていた。 「せっかくの名剣が痛むじゃないのよ!」 床からじたばたと飛び上がろうとしたモンスターを、メルギスは素手で捕まえた。 「見てみなさいよ、これ」 突き出されたモンスターを、僕らは恐る恐る観察した。真っ白の、ふにっとした外観。捕まえた手から逃れようと足掻くそれは、間違いなく甘ったるい香りを振りまいていた。 「マシュマロみたい……」 ファルの言葉に、メルギスは頷く。 「みたい、じゃなくて、マシュマロなのよ。さっき、ちょっと舐めてみたけど、ちゃんと甘かったし」 あんたたちも食べてみれば? そう言われて、僕たちは慌てて首を横に振った。メルギスは、面白そうに僕たちを眺めていた。 「なんでこんなもんがここにいるのかどうかは分からないけど。ま、心温まる光景じゃない? ファンタジックでさ。それに……」 メルギスは、僕たちを見てにっと笑った。 「あんたたちみたいなお子ちゃまにはとってもお似合いだわよ」 さ、行くわよ。そう言って、メルギスは僕たちふたりの髪をぐしゃぐしゃとかき回した。 「文字が書いてあれば、正解なんだっけ? 今度は正しいドアに当たりたいもんだわね。また山ほどマシュマロと戦わされたんじゃ、胸焼けがしてお宝どころじゃなくなっちゃうわよ」 勢い良く歩き出したメルギスの後を小走りに追いかけながら、僕は心の中で小さく呟いた。もしかしたら。もしかしたら、今度こそ。きっと、ファルも同じことを考えているのだと、僕は確信していた。 ふたつめのドアには、間もなく辿り着いた。用心深く表面を検分していたメルギスは、数歩離れて待っていた私たちに親指を突き出してみせた。 「今度は当たりのようね。文字が見えるわ」 私たちはドアに駆け寄った。メルギスの言う通り、くっきりと文字が刻み込まれていた。私は右から、兄さんは左から、それぞれ文字を指先でなぞりながら、刻印された呪文を声に出して読み上げ、解き放っていく。ドアのちょうど中央で、私と兄さんの指がぶつかり、石の壁がゆっくりと後ろへ傾き始めた。 「……ねえ、あんたたち」 開いていくドアと私たちとを見比べながら、メルギスが言った。驚いたような、困惑したような、奇妙な表情を浮かべている。 「あれが……、つまり、あのドアに刻んであった文字だけど……、あんたたち、読めるのね?」 「うん、そうだよ」 兄さんが頷く。メルギスは、ますます複雑な顔になった。 「だけど……、どうして? どうやって覚えたの?」 「簡単よ。だって、学校で習ったんだもの」 「……学校で?」 メルギスは眉根を寄せて考え込んでいたが、やがて、はっとしたように目を見開いた。 「あんたたち、もしかして……」 その言葉は、ドアが倒れる音にかき消された。その向こうには、空へと伸びる階段が聳えている。私たちは、しばらくの間ただ黙って、どこまでも続くかに見える空中の道を見上げていた。ここまで来れば、後もう少し。メルギスが、ふうっと大きく息をついた。 「……行きましょうか」 一段一段、踏みしめるように登っていくメルギスの背中を見つめながら、私は握り締めた拳を胸に当てた。お願い。お願いだから、今度こそ。隣を進む兄さんも、きっとそう思っているはずだ。 空中庭園へと続く階段は、果てしなく長い。登っている内に、今自分がどこにいるのか、ふと見失ってしまいそうになるくらいだ。僕たちは、永遠に終わらないかのような道のりを、黙々と辿り続けた。メルギスは、僕たちより五段ほど先を進んでいる。その足取りは、時計の針のように淀みなく、規則正しい。僕たちは、前を行く足音に耳を澄ませた。今まで、この同じ場所で、数え切れないほどの足音を、僕たちは聞いてきた。不安げな足音、期待にはちきれんばかりの足音、疑り深い足音、欲望に満ちた足音。いつしか、この階段を踏みしめる音を聞けば、その人の考えていることまでも分かるようになった。そして、登りつめた先に、どんな結果が待っているのかも。しかし、メルギスの足音からは、何も読み取ることができなかった。そこには、どんな昂ぶりも、どんな気後れもない。ただただ、前へ進むためだけに足を運んでいる、そんな響きだった。一体、何を考えているのだろう? ふと、足音が止まった。 「ドアがあるわ」 背中を向けたまま、メルギスが告げた。 「どうする? やっぱりあたしが先頭?」 「待って」 ファルが、前に進み出た。僕も後に続く。 「ここは、私たちが先に行くわ」 目の前には、大理石のドア。これを開ければ、全てが決まる。僕とファルは、ドアの冷たい表面に手をかざした。手のひらがふっと温かくなり、ドアがゆっくりと左右に退いていく。僕たちは振り返り、メルギスの目を真正面から凝視した。 「ここが、この塔の最深部。僕たちの目的地さ」 「このドアの向こうに、この塔の宝が眠っているの」 メルギスは、厳粛な面持ちで頷いた。 「ここから先、宝を手に入れられるかどうかは、あなたの行動次第よ。もしも、塔の意向に沿うことができれば、あなたはこの塔の秘密を手に入れることになる」 「けれど、もし塔の意向を無視するようなことになれば……、その時には、それなりの覚悟をしておいてもらわないといけない」 「今まで、この塔の最深部までやって来て、生きて戻った人はいない。それがどういうことか、あなたにも分かるわよね?」 「僕たちがあなたを案内できるのは、ここまでだ。僕たちは、あなたの選択を見届ける。それが、僕たちの仕事だから。だけど、手助けはしない」 メルギスは、もう一度頷いた。 「分かったわ」 そして、思いがけないことに、メルギスはにっこりと微笑んだ。 「とりあえず、礼を言っておかなくちゃね、小生意気なおちびさんたち。文句も不満もたくさんあるんだけど、ま、あんたたちがいなかったらここまで来られなかったのは確かだしね。……ありがと。世話になったわね。あたしがどこまでできるか、ちゃんとその目で見ておいてちょうだい」 僕たちは、何も言えず、ただただメルギスの柔らかな目を見返すだけだった。 空中庭園の床には、一年中、野の草花が絶えることがない。人の手の加わった、美しい花々ではなく、雑草のようなありふれた植物を好んで植えたのは、この塔の持ち主の奥方だった。 「真っ暗ね」 ため息のように、メルギスが呟く。私たちは、庭園の中を一回りして、燭台に火を灯した。蝋燭の明りの中から、私たちの顔が、庭園を覆う丸屋根が、ぼうっと浮かび上がる。 「ところで、あんたたちの言う宝っていうのは、どこにあるの? 見たところ、それらしいものはないようだけど」 「宝なら、あなたの頭の上にあるわ」 「……頭の上?」 怪訝そうなメルギスに、私は天井を指差して見せる。 「あの丸屋根、あれが、ツイン・タワーの宝……、頭竜の眼鏡よ」 「……なん……ですって?」 兄さんが、パチリと指を鳴らす。真っ黒だった丸屋根に、ぽつりぽつりと光が瞬き始めた。メルギスが、感嘆したようなため息をついた。 「プラネタリウム……ね。話に聞いたことはあるわ。でも、本物を見るの初めてだわね」 「頭竜……巨大な、頭部だけの竜。何千年も、何万年も、生き続けてきたと言われる怪物。しかし、その彼も、寄る年波には勝てなかった。彼は、片方の目を病んでいたの。鉛の溶けた雨を浴びたためとも、満月の光の矢が刺さったためとも言われている。彼の片目は、もうほとんど見えなかった。だから、住処にしていた谷の生き物たちに命じて、自分用の眼鏡を作らせた。黒雲母を何万枚も張り合わせた、薄くて軽い眼鏡をね。そして、その眼鏡を見えなくなった片目にはめ込んで使っていたの」 「その話を、ツイン・タワーを造った人物は、どこかから聞き込んできた。彼は、その頭竜の眼鏡を、自分の塔の装飾に使いたいと考えた。最上部、家族しか入れないような秘密の場所。そこに、頭竜の眼鏡を使ったプラネタリウムを作ろうとしたんだ。彼は、星を観察することが好きだったからね。しかし、彼の企みは、頭竜の逆鱗に触った。眼鏡を奪われた頭竜は、彼を……そして彼の家族を、滅ぼしてしまった」 「けれど、彼の怒りはそんなことでは収まらなかった。その呪いは、今もこの塔に巣食い続けているのよ。……この場所を訪れた誰かが、奪われた宝を頭竜のもとへ返すまではね」 「もう分かったでしょ? 僕らが、ツイン・タワーの宝を求めてやって来る人たちを、この場所まで案内するのは、塔の持ち主の遺言を果たすためじゃない。この塔にかけられた、頭竜の呪いを解くためなんだ。さあ、どうする? 手に入れた宝を、あなたはどうするの? 頭竜に返しに行くか、それとも、自分のものにするのか。もっとも……」 私たちと、メルギスとの間に、ぼんやりした光が浮かび上がった。その光はだんだん形を成し、やがて、実体化した。廊下の途中で出会ったピンク色のモンスター……、私と兄さんが作り出した傭兵だ。彼は低いうなり声をあげ、天井に向かって口から炎を放った。見た目は可愛らしいが、その破壊力は侮れない。 「後者の場合、頭竜はあなたを許さない。頭竜はきっと、あなたにも呪いをかける」 ![]() ![]() ![]() ![]() 進む→ 贈答品へ 入り口へ |