「ワタゲノヒトビト」 ![]() ![]() ![]() ![]() ちらちらと、薄桃色の花びらが舞っている。散ったばかりの桜の花びらを、三枚集めることができたら願い事が叶うって、そんな言い伝えを教えてくれたのは誰だったろう。それ以来、この季節になると毎年、桜の木の下で跳ね回って挑戦しているのだけれど、未だ成功した試しがない。それはたぶん、僕の願い事が大きすぎるからなんだ。断じて、僕が不器用なせいではない。と、思う。たぶん。 ぼんやり花吹雪を眺めていたら、横からセーラー服の腕がにゅっと突き出された。 「おにぎり、食べる?」 うん、食べる。でもそれ、もしかしなくてもタラコおにぎりだよね? 「……さてここで問題です。花子さんはコンビニでおにぎりを二個買いました。ひとつは鮭、ひとつはタラコのおにぎりです。花子さんは鮭を食べたいなと考えています。残ったおにぎりは何おにぎりでしょう?」 ……いいけどさ。お腹空いてたし。タラコはあんまり好きじゃないけど。塩分が多いから体に良くないんだ。それにしたって、そもそも嫌いなのになんでタラコを買うんだよ。 「間違えたのよ、梅おにぎりと。ほら、どっちも赤いから紛らわしいじゃないのさ」 ああ、世界はなんて平和なんだろう。少々ヤケ気味に、僕は空を仰いだ。 彼女の名前は「日和」という。日が和むと書いて、ヒヨリと読む。本人はあまり気に入っていないようだが、僕は彼女らしくて似合っていると思う。僕と彼女は、いわば旅の相棒だ。どうして僕らがいっしょに旅をするようになったかについては、また追々説明することにしよう。 彼女がどこから来たのか、僕は知らない。どうして、僕をリュックに詰めて旅をする気になったのか、それも分からない。彼女は、自分のことについては、なぜかあまり話したがらないのだ。もしかしたら、家出でもしてきたんじゃないかと、僕は踏んでいるのだけれど。でもまあ、とにかく僕が知っているのは、彼女の名前は「日和」だということ、ついこの間までどこかの中学校に通うごく普通の中学生だったこと、そして、鮭おにぎりが好きでタラコおにぎりが嫌いだということ、それぐらいだった。 さて、と掛け声をかけて、日和はうんと伸びをした。どうやら、鮭おにぎりを食べ終わったようだ。 「そろそろ行くかな。出発だよ、リュック犬」 あのさ、その呼び方はやめて欲しいんだけど。 「じゃあ、どんな名前がいいのよ。もっと派手っぽいのがいいの? 例えば……、そうね、カトリーヌ、エリザベス、ジョセフィーヌ、アントワネット……」 なんで外国の女の人の名前ばっかりなんだよ。僕は血統書付きの柴犬なんだぞ。れっきとした日本男児だぞ。 「ふうん。それじゃあ、寅さんとか」 あっしは生まれも育ちも……って何を言わせるんだ。 「なによ、ノリが悪いわねえ、若いくせに。じゃあ、間をとって山田太郎。これでどうよ、日本男児さん?」 どこをどうとったらそれが間になるんだ。それに、そんな名前見本に使われるようなありがちなのは嫌だ。 「注文が多いわねえ。じゃ、これはどう? じゅげむじゅげむ……」 渋いところをついてきたもんだねえ。でも、分かってる? 苦労するのは日和だよ? 「……いいじゃないのさ、リュック犬で。リュックに入ってるからリュック犬。こんなに合理的な名前もそうそうないと思うけど」 そりゃ、そうだけどさ。……って、いや、そういう問題じゃなくて。 「今、納得したね? 認めたね? じゃあ決まり。あんたの名前はリュック犬」 やけに嬉しそうに、日和は宣言する。はいはい、分かりましたよ。不本意だけれども、山田太郎よりはいくらか独創性があるってもんだ。 そういうわけで、僕の名前は正式に「リュック犬」となったのだった。なんだかなあ、もう。 「名は体を表すって言うじゃない。昔の人は上手く言ったもんよねえ。そう思わない? だからあんたはリュック犬以外の何者でもないの。後にも先にもリュック犬。寝ても覚めてもリュック犬。明けても暮れてもリュック犬」 歌うように日和は言う。いや、あんまり連呼して欲しくないんだけど。 「あら、煮ても焼いてもの方が良かった?」 良くない! ![]() ![]() ![]() ![]() 進む→ 贈答品へ 入り口へ |